言わずと知れたMr.津久井。

相模原と言えばせき麺!

市内のお土産物を扱う店舗に必ずと言っていいほど陳列してあるこのうどん。

過去のS-1グランプリで、準グランプリも受賞した相模原の郷土食のトップランカー。

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地粉にこだわった麺を作り続けてきた、津久井が誇る名物社長が語ります。

遠路はるばる、緑区は津久井までレポートに行ったのはミスミン。
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それでは津久井の歴史話も織り交ぜられたインタビューをご覧ください。

「うちは最初、精米所だったの」

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インタビュー:ミスミン

●今日はよろしくお願いいたします。

「よろしくお願いします。」

●お店の簡単な紹介をしていただいてもいいですか?

「このお店が始まったのは、昭和37年くらいだから50年ちょっと前かな。ここじゃなくて下の信号の所に工場があったんだよ。」

●信号と言うと「関」の交差点のことですね。

「そうだね。あそこの道路が拡幅になるってときに、今の場所に移ったんだよ。ここに上がってきたのが平成元年かな。最初は、工場の中で麺を売っていたんだ。でも、お店っぽい建物の方がよりたくさんのお客さんに来てもらえるかなと思って、今の店舗部分を建てたんだよね。」

●なるほど。ちなみに「せき製麺」という会社名になったのはいつなんですか?

「会社名は、昭和62年に株式会社せき製麺って名前に変えたんだ。それ以前は、下にあった頃のあの名前だった。」

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●あらい製麺せき工場!

「そうそう。でも、商品としてはだいぶ前からせき麺って言っていたね。昭和42年くらいにはもうせき麺って言っていたよ。」

●よく“せき製麺”と“せき麺”って呼び方が2通りありますけど。

「せき製麺は会社名。せき麺って言うのは商標だね、確か。」

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●ちなみにせき麺の“関”っていうのはどの辺りの地域をさすんですか?

「関は住所で検索してもないのね。ここらはみんな青山って言うんだ。ただ、通称としてこの辺を「関」って言っている。昔は青山村だったころもあるんだよ。」

●昔は青山村と言う地名だったんですか?

「最初ここは青山村だったの。それから明治時代のときに合併して串川村に変わって、昭和30年くらいに今度は津久井町に変わったんだ。」

●そうなんですね。

「そうそう。津久井町は青野原や青根、串川、中野などが合併してできた町。今は全部相模原市だけどね。」

●なるほど。色々なことを経てここも相模原市になったんですね。

「そうそう。昔と言えば、うちは最初、精米所だったの。」

●製麺ではなかったんですね。

「始まったのが多分昭和4年ぐらい。そこから80年以上商売しているんだよ。」

●荒井さんの家はずっと津久井なんですね。

「うちは分家だけどね。本家はすごいよ。村長さんやっていたりしてた。」

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●せき麺と言えばうどんだと思うんですが、種類は何種類くらいあるんですか?

「難しいんだよ。たくさん種類があるから。」

●蕎麦もあるんですね。

「たくさんあるんだよ。麺は国産100%ね。」

●なるほど。こちらの津久井城釜揚げうどんは?

「その商品の表面はオーストラリア産。中心は国産だけどね。」

●中と外とで使っている粉が違うんですか?

「違うよ。表面がオーストラリア産だと、茹でてる時にあんまり濁らないの。つるつるで、美味いよ。」

●同じうどんでもこんなに違いがあるんですね。

 

「そうそう。今一押しはこれね。国内産小麦100%の「相模の麺(うどん)」。イベントや、週末に店頭で出すけど、みんな美味しそうに食べてくれるよ。たくさん話をしたし、いまうどん茹でたから食べて帰りな。」

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●はい。ありがとうございます。ごちそうさまです。

 

<お店インフォメーション>

住所:相模原市緑区青山828

TEL:042-784-8100

FAX:042-784-8111

MAIL:info@sekimen.co.jp

営業時間:9:00~18:30

定休日:水曜

駐車場:ナシ

ホームページ:http://www.sekimen.co.jp/

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